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顎関節症とは  丸山剛郎の論文
1.顎関節症の病態
私は顎関節症の病態は、つぎのような筋道をたどると考えています。
「 咬合の異常が咀嚼や発語などの機能に異常を生じ、これらの機能の異常が下顎頭や咀嚼筋の異常運動を引き起こし、これら下顎頭や咀嚼筋の異常運動が、下顎頭や咀嚼筋の病的変化を生じさせる」。

このような考えを納得させるためには生体力学、生体機能学などの考えが必要です。
現在、顎関節の滑液(関節の動きをなめらかにするために、関節部に入っている液体)の研究が大いに進展し、種々の事実が明らかになってきています。たとえば、顎関節にメカニカル・ストレス(機械的な刺激)が加わることにより、円板や顎頭滑液などに病的変化が生じるということなどです。
とくに、この滑液の病的変化の詳細な病態が解明されてくると、さらにその根本的原因であるメカニカル・ストレスの実態が明らかにされるときが来ると考えます。

では、顎関節に加わるメカニカル・ストレスとは何か? 
これはもちろん、滑り台から落ちて顎関節を強打したとか、けんかしてあごをなぐられたなどの、マクロ的なストレスも含まれるでしょうが、私はもっと重要なものは、日常的に絶えず加わっているミクロ的なもの、微小外力、微小外傷であると考えます。
この微小外力や微小外傷とは異常機能運動や異常習癖によるもの、とくに、異常咀嚼運動によるものと考えています。
顎関節症に関しては、今後このメカニカル・ストレスに関する分野の研究が進み、解明される日も近いことでしょう。
2.顎関節症とかみ合わせ(咬合)
著者は顎関節症について、常々、患者に理解しやすいように次のように説明している。まず、咀嚼を歩行にたとえる。そして、右足にハイヒールを、左足にスリッパを履いて、毎日生活をする。そうすると、何日後か、何カ月後か、何年後かには、脚の筋肉が痛くなったり、膝や腰の関節に痛みや運動障害を生じる可能性がある。
 
さらには、その患者にストレスがあったり、種々の負担過重などが生じると、上記の症状はより速やかに、あるいは、重篤になることがある。このたとえのなかの履き物は、口腔系では、咬合であり、右足にハイヒールを、左足にスリッパーを履いているということは、その咬合が異常である、すなわち、不良補綴物や不正咬合などが存在することである。咬合異常をもちながら、咀嚼などの機能を営むことが顎関節症を招くことになる。
 
顎関節症,いうならば,狭義の顎関節症について,周知のとおり,この疾患の病因における咬合の関与は少ないという考えも存在する.その最大の根拠は,咬合異常と顎関節症の関係を統計的検索を行った結果,両者には有意差のある関係はほとんど見られなかったという文献に由来するものである.しかし,この考えの誤りは,なにをもって咬合異常と定義するかによっておおきく変わってくる。かれらの文献にみられる咬合異常は、従来の形態のみを重視し、機能を考えない咬合の概念に基づいたものであり,咬合異常をそのような捉えかたをするかぎり,関係がないという結果が生じても致し方の無いことである。この見解には著者もある程度同意する。本当の意味での咬合異常との関係を考える必要がある。咬合を形態のみから捉えるのではなく,機能から捉えることが必要である. 著者は顎関節症の病態は,つぎのような筋道をたどると考えている..
 
‘咬合の異常が咀嚼や発語などの機能の異常を生じ、’
‘これらの機能の異常が下顎頭や咀嚼筋の異常運動を惹起し、’
‘これら下顎頭や咀嚼筋の異常運動が下顎頭や咀嚼筋の病的変化を生じるものである’
 
このような考えを納得させるためには,生体機能学,生体力学,バイオメカニクッス,バイオダイナミックスなどの考えが必要である.現在、顎関節の病態に関して、顎関節の滑液の研究がおおいに進展し種々の事実が明らかになってきた。そして、この顎関節滑液などの病的変化が解明されてくると、さらにその根本的原因である,メカニカル ストレスについて明らかにされるときが来ると考える。これはメカニカル ストレスがもっとも根本の病因であることと考えあわせて,きわめて重要なものである。
 
では、顎関節に加わるメカニカル ストレスはなにか? 著者はこれはもちろんマクロ的なストレスも含まれるが、もっと日常的に重要なものはミクロ的なもの、微小外力、微小外傷であると考える。この微小外力・外傷は機能運動や異常習癖によるもの、とくに、異常咀嚼運動によるものと考えている。
 
いろいろな不定愁訴と顎関節症との関係について誤解があるようなので、まず、最初にその点をすこし説明します。顎関節症はその病態も、病因もかなり明らかとなっており、不定愁訴という定義は該当しないと考えられます。あごのずれからいろいろの多くの症状が生じ、そのなかのひとつが顎関節に現れたもの、それが顎関節症です。
このような誤解が生じたのは、マスコミがいろいろな不定愁訴をひっくるめて、便宜上顎関節症と呼んでいることや、咬合と全身の健康をまったく認識しようとしない、また認識したくない歯科医がそのような取り扱いをしているからです。全身という広い視野からかみ合わせのすれがもたらす問題のひとつが顎関節症であると捉えるべきでしょう、
 
顎関節症については私の著書「かみ合わせと健康」(二〇〇三年 JDC出版)をお読みいただきたい。ごく簡単に顎関節症のポイントのみを記述しましょう。
顎関節症の病因として多くの考え方が存在します。私は、顎関節症はその主たる原因が咬合の異常であると考えています。
 
この咬合の異常は、私はあごの位置の異常とあごの運動の異常を考えています。
あごの位置の異常は、すでにたびたび記述してきたように、筋肉の三次元的アンバランス、筋の過緊張を生みます。そのため、下顎頭の偏位、関節円板の転位、関節腔の狭小、後部結合織の血管・神経の圧迫などを生じます。これらが直接的、間接的に顎関節症を生みます。
あごの運動の異常は、右足にハイヒールを履き、左足にスリッパを履いて何時間も何日も歩くと、どんなことが起こるでしょうか。脚の筋肉の痛み、膝や股関節の痛みなどの問題を生じることになります。
 
さらに,その際、精神的なストレスや、歯ぎしりなどの問題をもっている患者さんでは、顎関節や筋肉に対してより一層の負荷(余分な力)がかかるため、症状はより重症に、あるいは症状の進行がより早いものとなります。
 
このように顎関節症を説明すると、咬合と顎関節症の関係がたいへん理解しやすいものとなります。咬合が顎関節症の主たる原因とはならないという誤った根拠は、咬合の診査をたんに限界運動や不正咬合など形態的異常のみを捉えて、その因果関係を調べようとしたところに間違いがあります。咬合は形態からみるのではなく、機能からとらえて、診査し診断しなければなりません。
3.顎関節症と不定愁訴
従来、顎関節症において、その病気の実態が顎関節にのみとどまらず、いわゆる不定愁訴といわれる全身にまで及んでいることが非常に多い。私は、顎関節症が顎関節と咀嚼筋のみに限局されるものと、顎関節症といわれるけれども、顎関節や咀嚼筋には全く症状をもたないで、全身的な不定愁訴をもつものを分けて考えるべきであると考えています。そのため、後者は顎関節症とよぶのは間違いであると考えています。その理由は、その原因や病態が異なるものでことが明らかになってきたことや、これらを混同して考えると、その治療や評価が混乱するからです。 わたしの外来を訪れる患者さんは、顎関節やかむ筋(咀嚼筋)に問題を持たない顎関節症患者が多いことからも、分けて対処するほうが合理的であると考えています。そして、このような患者は顎関節症患者というよりも、咬合異常関連症候患者とか顎偏位症患者と呼ぶほうが適切です。

私たちは、顎関節症の患者に対して、随伴する全身的な不定愁訴について、日本全身咬合学会の健康質問表にもとづいてアンケートを行ないました。この日本全身咬合学会の健康質問表は、顎関節に関する項目以外に、頭痛をはじめ、全身の疼痛、凝りおよび痺れに関する項目、睡眠に関する項目、目、耳、鼻、喉等の関連諸器官に関する項目、消化器、循環器、泌尿器および生殖器に関する項目、精神状態に関する項目、自律神経系に関する項目等からなっています。
顎関節症患者の不定愁訴を知るにあたり、対照者として顎関節症患者でない、いわゆる健常者64名については,どのような随伴全身症状を持っているか調査を行った。 この結果からもわかるように、いわゆる健常者といえども、不定愁訴は持っているものであり、健常者だからといって、いっさい不定愁訴はもっていないの考えるのは早計である。かならず、健康調査表の記入を患者自身で行ってもらうべきである。

顎関節症患者101名(男性25名,女性76名)については,どのような不定愁訴(随伴全身症状)を持っているかの調査を行ないました。
最も多くの患者に認められた症状は、肩こりで、首のこりとともに70%以上に認められました。次いで、疲れやすい、昼間眠い、寝起きが悪い、イライラしやすい、顎関節雑音、手足が冷えるが50%以上に認められました。男女別にみると、女性では、肩こりの80%をはじめ上記と同様の症状が認められましたが、手足が冷えるが61%と高いのが特徴的でした。その他に、くいしばる、目の下がピクピクする、乗り物酔いをするが50%以上に認められました。一方、男性では、イライラしやすいが56%と最も多く認められた。

これらの結果からも、顎関節症と一般的に呼ばれている病気について、あごのずれが全身のいろいろな部分に症状(病気)を生じるものであり、顎関節症は顎関節に限局されたその一部分の問題である認識しなければならないと考えています。私たち歯科医は、あごのずれが広く全身にまで症状を引き起こすことを知らなければなりません.
4.顎関節症と精神的状況
顎関節症という病名を訴えて来院する患者さんの中に、たびたび記述してきたように、不定愁訴といわれる頸や肩のこり、腰痛、手足の冷えやしびれ、疲れやすい、頭痛、耳鳴りや、めまいなどの全身症状を訴える者が増加しています。私が大阪大学歯学部の教授時代、私の診療科においては、大学病院という性格上、一般歯科開業医あるいは他科からの紹介患者も多く、その中には前述の不定愁訴を主訴にする者も多く含まれていました。 顎関節症患者の訴える不定愁訴については、様々な角度から検討が行われてきました。 私たちは、自律神経機能の障害が、不定愁訴の発現の一因となると考えられていることから、顎関節症と全身の健康との関連性を明らかにすることの手がかりのひとつとして、咬合と自律神経の関係に着目していました。そこでここでは、顎関節症患者の全身症状をとりあげ、全身症状と自律神経機能の障害との関連性について解説しましょう。
 
被験者は、阪大歯学部附属病院第一補綴科に来院した顎関節症患者の中から30名を、また比較対照群として、歯周病治療や齲蝕治療、欠損補綴治療など一般歯科治療のために歯科医院に来院した患者103名を、また、学生群として臨床実習中の本学歯学部最終学年度学生51名を用いました。
全身症状の検討にはCMI(Cornell Medical Index)健康調査表を用いました。CMI健康調査表は、自律神経失調症の診断の補助として用いられる質問紙の中で、最も一般的に用いられているもので、患者の心身両面の自覚症状を、短時間のうちに調査することを目的として考案されているものです。身体的自覚症状についての質問は男性160問、女性162問からなり、精神的自覚症状については51問からなっています。質問すべてに、「はい」か「いいえ」のいずれかで回答するようになっています。
 
結果、つぎのようなことがわかりました。
 
CMIスコア205項目に関して、男女間に差は認められず、3群間には有意な差が認められました。顎関節症患者群は、一般歯科患者群および学生群と比較して有意に高いスコアを示し、一般歯科患者群と学生群の間には、差を認めなかった。
 
自律神経性愁訴身体的項目36項目に関して、男女間および3群間に有意な差が認められた。すなわち、女性は男性に比較して、有意に高いスコアを示しました。顎関節症患者群は、一般歯科患者群および学生群と比較して有意に高いスコアを示しました。一般歯科患者群と学生群の間には、差は認められなかった。
 
精神的項目51項目に関して、男女間には有意な差は認められず、3群間には有意な差が認められた。顎関節症患者群は、一般歯科患者群および学生群と比較して有意に高いスコアを示し、一般歯科患者群と学生群の間には、差は認められなかった。
 
男性においては、顎関節症患者群は一般歯科患者群と比較して、安静時の息切れ、手足の冷え、下痢、頸肩部のこり、熱くなったり冷たくなったり、目まい、しびれや痛み、疲労に関する項目、体が弱い、といった項目で有意に高いスコアを示しました。また、顎関節症患者群は学生群に比較して、頸肩部のこり、発疹、目まい、しびれや痛み、体が弱いといった項目で有意に高いスコアを示し顎関節症患者ました。一般歯科患者群と学生群との比較においては疲労度に関する項目で、有意に一般歯科患者群が高いスコアを示しました。
 
女性においては、顎関節症患者群は一般歯科患者群と比較して、息苦しい、安静時の息切れ、手足の冷え、便秘、頸肩部こり、皮膚が非常に敏感、頭が重い、熱くなったり冷たくなったり、しびれや痛み、疲労に関する項目、体が弱い、といった項目で有意に高いスコアを示しました。また、顎関節症患者群は学生群に比較して、食欲減退、頸肩部こり、発疹、項目で有意に高いスコアを示しました。学生群と一般歯科患者群においては、疲労度の項目で学生群が有意に高いスコアを示し、安静時の息切れ、めまい、倒れそうになる、という項目で一般歯科患者群は有意に高いスコアを示しました。
 
以上のことから、顎関節症患者の全身症状は、自律神経機能異常と関連性があると考えられます。しかし、顎関節症患者と一般的に総括的に呼んでいますが、すでに度々述べてきたように、主として顎関節の問題をもつ患者と、主として全身随伴症状、あるいは咬合異常症候群、あるいは、顎偏位症と呼ばれるものを持つ患者と、両者を持つ患者に分けて考えねばなりません。そう考えると、顎関節症患者の全身症状は、自律神経機能異常と関連性があると考えられるという結論は、全身随伴症状、あるいは咬合異常症候群における自律神経機能異常と考えられる症状のみが関係あると考えられ、結論づけられます。

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